アフガン戦争:麻薬生産との関係

アレクサンドル・クニャゼフ

 アフガニスタンその他一連の南アジア諸国にとって、麻薬含有作物の栽培は、ある程度伝統的な仕事である。当然のことながら、現代の現実における国際関係の拡大が、国際犯罪機構側からの当事実への関心の成長を可能にしない訳がなかった。特に明らかなのは、これが90年代に現れたことである。アフガニスタンの旧体制、モハンマド・ダウド、ヌル・モハンマド・タラキ、バブラク・カルマリ、ナジブラ政府は、70〜80年代、麻薬含有作物が占める作付面積の削減、麻薬の生産及び常習の阻止に向けられた措置を取った。一連の客観的かつ主観的な原因により、これらの措置は、状況が要求した程には有効ではなかったが、指導部の麻薬根絶の希求は明らかだった。ナジブラの下では、政府副首相の1人が指揮した麻薬対策プログラム立案最高委員会すら創設された。この際、経済的感化方法の広範囲な使用が規定された。例えば、ムジャヒディンの野戦指揮官との休戦協定には、政府側が各種作物の種、農業機材、肥料等を一定地区住民に割り当てるという条件の下、麻薬の生産及びその密輸の中止を義務付ける条項が含まれた。そして、この委員会の活動は、若干の成果を収めた。準備中の麻薬及び向精神剤、先駆物、原料、、ケシの種数百kgが不法流通から押収した。

 1991年、カブールにおいて、国連麻薬監督プログラム・ミッションが開設され、パキスタンで、麻薬の不法流通のテーマに関して、ムジャヒディンの指導者と米国務省代表による交渉が行われた。ナジブラ政府の崩壊と事後の事件は、状況を急激に変えた。アフガニスタンでの麻薬生産の動態における最も急激な変化は、「タリバン」運動の政治生命舞台への出現と共に起こった。

アフガニスタンにおける麻薬生産

阿片原料生産(t)
1984 41
1989 650
1996 2,300
1997 2,800

 それにも拘らず、権力闘争の初期段階(1994年末)において、タリバンは、問題解決への用意を示した。カンダハル、ニムルズその他若干の南部州において、ケシ畑が一掃され、タリバン指導者は、真のイスラム価値への麻薬活動の不一致を宣言した。事後、麻薬問題を利用して、「タリバン」指導部は、アフガニスタンの合法政府としての自政権の公式承認の獲得を希求して、世界共同体に圧力をかけようと試みた。アフガニスタンでの戦争継続及び隣接国でのイスラム過激派の支援のための麻薬ビジネスからの収入のタリバンによる利用の事実も、既に一般に認められることになった。

 90年代末までに、麻薬生産の反対に向けられたタリバン政権の何らかの行動が、通常、対外的、見本的性格を帯びていたことが明らかになった。戦争と麻薬生産の必然的な関係も、誰にとってもニュースではなかった。

 カブールへの権力樹立後間もなく、タリバン政権は、麻薬に対する監督における協力を国連事務総長ブトロス・ガリに要請した。1996年12月2日、「ラジオ・シャリアート」で、タリバン政権の長モハンマド・ラバニ師は、次のように発言した。「同情的で、慈悲深い神の名において。アッラー・アクバル!麻薬の生産、使用及び取引は、毎日、癌のように広がっており、これは、最も病的な世紀の国際問題の1つであり、人類とって潜在的な脅威かつ致死的な危険となった。赤軍との破壊的かつ破滅的な戦争、軍事及び政治危機、アフガニスタンにおける酷い社会・経済状況は、残念なことに、禁止されたケシの栽培が我が国の各地域において大量に実施されていることをもたらした。これは、アフガニスタンにとって許し難い問題であるため、我が共通の関心の対象である。最近樹立されたアフガニスタン政権は、国家及び国際レベルにおける麻薬反対キャンペーン促進の政策及び戦略について表明する。例として、アフガニスタン外務省は、10月31日付の国連覚書において、反麻薬キャンペーンへの協力と、地域諸国並びにこの問題と関連する国際機構及び国連とのこれに関する努力の調整に対する完全な用意と支持を表明する。私は、最近樹立されたアフガニスタン・イスラム国が、国際協定と既存の財政能力に従い、アフガニスタン・イスラム国領土における麻薬の生産、使用及び取引を断固として追及することを誓う。しかしながら、議論の余地のない需要は、麻薬に対する監督であり、これは、国際レベルにおける重大な審議対象である。問題は、無視されてはならない・・・。アフガン新政府は、国連麻薬監督プログラムに対して、麻薬と関連した各種様相に対するキャンペーンの継続を拡大するために、アフガニスタン・イスラム国への財政及び技術援助に関する有効な措置及び必要な決定が取られることを期待する」。それにも拘らず、事実は、別の現実について証明しており、再三、世界共同体において指摘された。国連安保理決議においては、アフガニスタン、特に「タリバン」運動支配地区における麻薬の「栽培」、生産及び流通の拡大への懸念が再三強調された。

 1999年10月、アブ・ダビの報道によれば、「タリバン」運動指導者、モハンマド・オマル師は、ケシ畑を3分の1削減する命令を下した。「全てのアフガン農民は、ケシ畑を3分の1削減しなければならない。この命令に違反する者は、処罰される」と、モハンマド・オマルの指示には書かれている。この際、国連麻薬監督プログラム(UNDCP)は、同年、アフガニスタンが4,600tの阿片原料を生産し、前年よりも2,500t多かったと考えている。一方、「タリバン」運動指導者は、国内のケシ栽培を完全に停止すると共に、経済発展のためにアフガニスタンに援助を提供することを国際共同体に訴えた。UNDCPのデータによれば、タリバンは、ケシが栽培されている国土の90%を支配し、アフガン・ケシの97%を生産している。

 90年代中盤のデータによれば、アフガニスタンからCIS諸国を経由する主要麻薬輸送ルートは、以下の通りだった。

bulletアフガンのバダフシャン−タジキスタン、ゴールヌイ・バダフシャン−キルギス、オシュ−アゼルバイジャン、スムガイト(加工)−ボスニア、クロアチア−西欧
bulletバダフシャン−オシュ−沿ヴォルガ-モスクワ−エストニア−スウェーデン−米国
bulletバダフシャン−ドゥシャンベ−グルジア、ボンボルイ−コブレチ(加工)−アジャリアートルコ
bulletホログ−ムルガブ−オシュ−アゼルバイジャン、ギャンジャ−モスクワ−ラトビア、シャウリャイ−欧州
bulletマザリ・シャリフ−ウズベキスタン、テルメーズ、チェチェン、シャリ、アゼルバイジャン、ナヒチェヴァン−トルコ
bulletマザリ・シャリフ−テルメーズ−サマルカンド−ギャンジャ−ダゲスタン−シャリ−モスクワ−シャウリャイ
bulletマザリ・シャリフ−テルメーズ−サマルカンド−ギャンジャ−ダゲスタン−カラチャエヴォ・チェルケッシア−アブハジア−ルーマニア

 2000年、麻薬犯罪集団は、70万tまでの原料の生産を計画した。ヘロイン1kgの生産には、10〜15kgの阿片原料が必要なことを考慮すれば、製造された「重」麻薬の総量は、最低4万5千tに達し得る。実際、そのような量の麻薬の採取に対して、アフガニスタンには、今、十分な技術基盤がないことを考慮する必要がある。阿片原料の収穫増加の背後には、別の特定の目的が存在する。つまり、それによって、アフガン住民が購入する一次原料価格の低下を獲得することである。そのような広範囲な方法により、麻薬カルテルは、数年の内に、自分の収入の増加を意図している。しかし、「重」麻薬の割合も更にダイナミックに増大することを忘れてはならない。例えば、1997年に至るまで、ロシアの国境警備隊は、数kgのヘロインしか押収しなかった。1998年、152kgが押収された。翌年、「収穫」は、384kgに達した。今年の最初の数ヶ月で、80kg以上が押収された。傾向は、明らかである。国際麻薬マフィアは、CIS南部境界のこの区域を主要かつ常設の麻薬密輸ルートに粘り強く変えようとしている。雨後の竹の子のように、アフガニスタンには、ヘロイン製造用の移動ミニ研究室が現れた。それらは、民間家屋にすら設置され、毎日40kgまでのヘロインを得ることができる。麻薬生産のこれ程ダイナミックな成長が今後も維持されれば、世界市場におけるヘロインの価格は、暴落が不可避である。麻薬原価の低下は、更に広範囲で、余り保障されていない住民層をつかむことができる。そのような方法で、イスラム過激派は、致命傷ではないが、強力な打撃を全文明世界に加えようと意図している。そしてこれは、空虚な推論には程遠い。現在、アフガニスタンは、既にヘロイン生産の第1位に躍り出ており、世界の総生産の70%以上を作っている。

 いやおうなしにだが、益々多数の政治家と軍人は、アフガニスタンからのソ連の撤退が限定部隊の投入よりも大きな間違いだったという意見に傾き始めている。国は、放置された。しかし、それにも拘らず、ポスト・ソビエト空間に対する戦争は、終わらなかった。これは、別の形態と方法を獲得しただけだった。だが、何れにせよ、戦闘行動は、外部、特に麻薬売却から得た資金で行われている。それによる人的損害は、既に以前から戦闘を超えている。毎年、CIS領土だけで、麻薬中毒により2万人までが死亡しており、この圧倒的大多数は、若者である。更に多くが障害者に変わっている。犯罪の増加が不可避であり、その第1原因は、麻薬中毒である。西側諸国では、麻薬及びアルコールと関連した犯罪が、その総数の2/3を占める。今、ロシアも、この水準に加速して近付いている。この全ては、偶然ではなく、特にアフガン製の麻薬が、ロシアの闇市場の既に60%以上を満たしている。当形態における不法活動の大部分は、「タリバン」運動出身のイスラム過激派の保護下にある麻薬シンジケートに属している。タリバンが支配する領域には、ケシの巨大な作付面積が位置する。麻薬マフィアの密使は、公然かつ組織的に、この運動の民族基盤であるパシュトゥン人から阿片原料を買っている。事後、原料は、巨大な研究室、工場で再加工され、その主要数は、ペシャワール及びジャララバード市地区に集中している。アフガニスタンで製造されたヘロインは、6つの主要ルートで文明世界に運搬される。

  1. ペシャワール−パキスタンのカラチ港−海路によりアジア・太平洋地域及び欧州諸国
  2. ジャララバードーカンダハル−ギリメンド−イラン−トルコ−欧州
  3. カンダハル−ヘラート−トルクメン−CIS−欧州
  4. カンダハル−バルフ−ジャウジジャン−ウズベキスタン共和国−CIS−欧州
  5. クンドゥス−タジキスタン共和国ハトロン州−ロシア−欧州
  6. ペシャワール−チトラル(パキスタン北西部)−アフガンのバダフシャン−ゴルノ・バダフシャン自治州(タジキスタン)−キルギス−CIS−欧州

 方面に関するこれらのデータは、2000年のものである。

 アフガニスタン国内の主要な麻薬流通は、彼らを保護する野戦指揮官の戦闘集団の警護の下、特殊クーリエにより実施される。ここで、支配的な影響力は、「タリバン」運動指揮官に属している。CIS国境までは、麻薬の葉は、ジョーズガン州シベルガン市から、タリバンが支配する北西部の州を経由して送られる。この積換え基地から、麻薬クーリエは、標識のないヘリでトルクメンの沿国境地区に麻薬を運搬し、ヘロインを武器、弾薬及び装具に換えている。これに関しては、麻薬ビジネスがそれ程公然な形態ではないにも拘らず、アフガニスタン北東部及びパキスタン北部は余り劣っていない。

 「麻薬の不法流通との断固たる闘いに関するパキスタン当局の真剣な表明にも拘らず、同国のチトラル地域は、CIS国内を指向した麻薬の生産において、非常に重大な役割を演じている。ここでは、麻薬の売却は、深く秘匿された地下ネットワークを創設できた現地承認代理人を通して行われる。彼らは、タリバンとの協力を非常に綿密に隠している。チトラル州では、既に製造された麻薬、特に阿片が売買される。麻薬は、大部分、アフガンのバダフシャン出身の難民が購入し、ヘロイン1kgを650ドルというかなり低い価格で購入している。同様に典型的なのは、密輸ルートが最大限整備され、安全なことである。この地域からアフガニスタンへの麻薬の運搬は、パキスタンの税関職員と警察官の買収により実施されている。ヘロイン10〜12kgに対して定められた関税として、彼らは、150ドルの「報奨」を受け取る。ヘロインは、主として、シャフ・セリム居住区から、ドラ・アン(トゥホマ)峠を経由して、ゼバクスコエ・アリャカダルストヴォ及びイシュカシムスコエ・ウルスヴォリに、並びにバロギリを経由して、バハンスキー郡に輸送される。郡都イシュカシムにおいて、麻薬は、小商人に売却され、タジキスタン共和国との全国境に沿って流れる。その後、生命の重大な危険を伴って、麻薬は、密輸業者により隣接領土に渡河され、そこで再び麻薬クーリエにより買われて、中央地区に輸送される。

 重要な意義を有するのは、パキスタン領土でのヘロインの生産、又はパキスタン領土を経由したその輸送に関する多くの証言である。正確に言えば、パミール・オシュ方面を行き来する全ての麻薬は、アフガン製というよりもパキスタン製である。

 ちなみに、ロシア国境警備隊の確認によれば、政府軍総司令官アフマド・シャー・マスードが支配する領域では、CIS諸国からの軍事援助の納入へのその依存の理由により、マスードは、反タリバン連合支配下の領域でケシの栽培を禁止する特別命令すら公布せざるを得ず、部隊は、摘発された畑を一掃するように命令された。それにも拘らず、可能な全ての統計の総括は、阿片の約3%が政府の支配下にある領域で生産されていることを証明している。戦闘中の条件下においては、住民に対してその種の監督を実施することは、事実上不可能である。そして、傾向は明らかである。アフマド・シャフ・マスードは、問題への自分の態度に関する問題をこうコメントした。「我々は、いかなる形態の麻薬生産と流通にも反対し、アフガン麻薬ルートと呼ばれることに反対する。そして、我が領土では麻薬が生産されていないことは、全員が知っている。限られた機会を利用して、我々は、この問題のコントロールのために働いているが、我々の能力は今限られ、この問題が存在している。しかし、これは、我々だけではない。タジキスタン、イラン、ロシア、トルコ、その他の国の領土を経由しても、麻薬が流れ、彼らも、この過程のコントロールを処理していない。そして、あなた達は、これが全員にとって最も困難であることを知っている」。

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最終更新日:2004/03/15

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