エジプト空軍

アル-クワット・アル-ジャウィア・イル-ミスリヤ

 1989年現在、エジプト空軍は、500機以上の軍用機と兵員30,000人を有し、その内、10,000人は、召集兵だった。その一線級戦闘機は、67機のアメリカ製の多用途機F-16A/Cと33機のF-4E、並びに60機のフランス製Mirage 2000から成った。大量の旧式なMiG機(その一部は、エジプトで組み立てられた中国版だった。)が、より近代的な戦闘機をバックアップした。空軍は、レーダー、ジャミング装備、並びにサイドワインダー及びマトラ空対空ミサイルを含む先進的な西側の電子機材にMiGの多くを適応させた。防空軍は、約135機のMiG迎撃機の作戦統制を行使したが、その航空機と人員は、空軍の一部だった。エジプトはまた、アルゼンチンから50機のPucara軽地上攻撃戦闘機と原油を交換することも計画した。空軍は、72機の戦闘ヘリと多数の電子監視、海上哨戒、偵察、及び早期警戒機を運用した。これら機体の一部は、長距離で低空飛行目標を探知できた。

 ソビエト連邦は、1950年代にエジプトの主要武器供給国となったとき、エジプト空軍の顧問及び訓練において卓越した役割も演じた。空軍の機構及び組織に対するソビエトの影響の大部分は、1980年代なお優勢だったが、訓練及び戦術は、西側装備と合衆国その他の西側諸国により提供された先進的訓練への転換により影響された。飛行部隊は、単一基地に本部を置く航空旅団に組織された。旅団は、公式には、各々16機から20機を有する3個飛行隊から成った。しかしながら、多くの旅団は、2個飛行隊しか有さなかった。カイロ近郊のヘリオポリスに本部を有する空軍は、約17ヶ所の主要航空基地の外、計40ヶ所の主要施設、並びに予備及び補助基地を有した。

 1967年6月の戦争後、そして再び1973年の十月戦争後、エジプトは、その空軍を全面的に再建しなければならなかった。1967年6月の戦争開始のわずか数時間後、イスラエルは、事実上、エジプト空軍 を一掃した。政府は、後に、空軍司令官 と少数の他の将校を裁判にかけ、投獄し、他の多くの上級将校を粛清した。戦争とその余波の結果としてほぼゼロに落ちた空軍の戦闘有効性は、ソビエト連邦からの新たな納入と、パイロット及び整備員の増大したソビエト式訓練により回復された。

 エジプトが1973年の十月戦争を開始したとき、空軍は、はるかにその任務に準備されていた。エジプトのスエズ運河沿いの航空偵察とイスラエルの強化陣地に対するその航空打撃は、運河を渡河する地上部隊に不可欠な支援を提供した。空軍は、当時、シナイにおけるイスラエルの標的にシフトし、スエズ及びポートサイド上空で頻繁なドッグファイトで交戦した。パイロットの勇気と力量にも拘らず、エジプトの空軍は、18日間の戦闘で、200機以上の損害を受けた。エジプトとシリア両国は、イスラエル1機に対して推定12機を失った。

 終戦時、サダトは、イスラエルに流れているアメリカ機に対抗できる より先進的な航空機でエジプトの損失を埋め合わせるために、ソビエトに圧力を加えたと言う。ソビエトの遅延に立腹したサダトは、フランスからMirage 5を、後に、合衆国からF-4E戦闘機を発注した。後者の納入は、1979年中盤に始まった。加えて、2期分のより近代的なF-16が、1986年から1989年の間 に納入された。作戦部隊におけるF-16の総数を120機にする第3期納入は、1991年に始まるはずだった。1990年現在、エジプトは、第4期46機を交渉していた。エジプトは、元来、フランスから40機のMirage 2000を調達することを計画したが、1989年後半現在、残機調達について、いかなる決定も行われていなかった。中国及び西側製造業者との協業により、エジプトは、航空機を組み立て、部品を生産する主要国内産業を発展させた。空軍は、その間、米国からF-16戦闘機を受領し続けている。1995年までに、エジプト空軍は、総計約170機のF-16A/B/C及びD型戦闘機を就役させていた。Peace Vector Vプログラム下での第5期F-16C/Dの計画は、1995年中盤までに始まった。エジプト空軍は、1994年に第1期24機のマクダネル・ダグラスAH-64 Apache攻撃ヘリを発注した。同時に、エジプト空軍は、そのTu-16 Badger-Gと交替させるために、旧米海軍P-3C Orion海上偵察機を調達するプロセスを始めた。このプログラムに関しては、まだいかなる決定も行われていない。

 エジプトとパキスタン政府は、2000年11月、パキスタン空軍へのエジプトのF-16A/Bの予備部品の補給と交換によるパキスタンでのエジプト空軍機の改良を含む主要な二国間防衛貿易協定に合意したという。しばらく準備中である取引は、2000年11月13〜14日のドーハでのイスラム会議機構(OIC)サミット において、パキスタン最高司令官ペルヴェズ・ムシャラフ将軍とエジプト高官により取り決められたという。合意事項は、以下のことを含んだという。

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イスラマバード近隣のKamraのパキスタン航空複合体(PAC)によるPACの一部であるミラージュ再生施設でのエジプト空軍のDassault Mirage 5 E2戦術戦闘機×13機、Dassault Mirage 5 SDE戦術戦闘機×約45機、Dassault Mirage 5SDR戦術偵察機×6機未満、及びDassault Mirage 5 SDD運用訓練機×5機の機体及びエンジンの一部又は全ての主要オーバーホール及び改良の提供

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PACによるPACの一部であるF-6再生施設(F-6再生施設と呼ばれるにも拘らず、A-5、F-6及びF-7型 に関する主要作業を引き受けている。)でのエジプト空軍のChengdu F-7B Fishbed 戦術戦闘機×約45機の機体及びエンジンの一部又は全ての主要オーバーホール及び改良の提供。また、同様の作業は、エジプト空軍のMikoyan MiG-21PFS、MiG-21PFM及びMiG-21MF Fishbed戦術戦闘機×約400機、Mikoyan MiG-21R Fishbed戦術偵察機×約10機、及びMikoyan MiG-21UM/US Mongol運用訓練機×約12機、並びにShenyang F-6 Farmer戦術戦闘機×約50機、Shenyang FT-6 Farmer運用訓練機×5機の一部又は全機に関しても引き受けられる。

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イスラマバード近隣のWah Cantonmentのパキスタン工廠によるエジプト空軍用の一連の軍需品及び弾薬のの供給

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パキスタンによりエジプト空軍に提供されるまだ未確認のその他の商品及びサービス

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パキスタン空軍のF-16A/B戦闘機×約35機用の予備部品のエジプトによる供給

 エジプト空軍筋は、2001年1月、エジプト空軍がパキスタンから大量のKarakorum K-8上級ジェット訓練機/軽攻撃機 を調達し、基本的に、そのDassault-Breguet/Dornier Alpha Jet MS1上級訓練機×約25及びDassault-Breguet/Dornier Alpha Jet MS2軽攻撃機×約12機と置き換えることを示唆した。

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最終更新日:2004/03/15

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