イラン海軍

 イラン海軍は、常に3軍種最小であり、1979年の30,000人から減少して、1986年に約14,500人を有していた。1970年代中、海軍の役割は、イランが地域の緊要シーレーンを防衛する必要性を認めて拡大した。1977年、艦隊主力は、ホラムシャハルから新しい海軍本部である新たに完成したバンダル-エ・アッバス基地に移転した。ブーシェフルが、その他の主要基地だった。より小さな施設は、ホラムシャハル、カーク島、及びバンダル・ホメイニ(以前、バンダル-エ・シャープルとして知られた。)に位置した。バンダル-エ・アンゼレ(以前、バンダル-エ・パーレビとして知られた。)は、主要訓練基地であり、数隻の哨戒艇及び掃海艇×1隻から成るカスピ小艦隊の母港だった。オマーン湾のバンダル・ベヘシュチ(以前、チャフ・バハルとして知られた。)海軍基地は、1970年代後半以来建設中で、1987年後半、今なお未完成だった。より小さな施設は、ホルムズ海峡の近くに位置した。

 1個対潜戦(ASW)及び掃海ヘリ飛行隊と1個輸送大隊を含む海軍の航空部隊は、戦時損耗にも拘らず、1986年に運用され続けた。P-3Fオライオン対潜哨戒機6機の内、恐らく、2機が稼動しており、SH-3D ASWヘリ20機の内、多分10機のみが整備された。全面的な損失にも拘らず、海軍は、1979年から1986年の間、その海兵大隊の数を2個から3個に増加させた。

海軍航空隊
機種 機数
Falcon 20E 4
Commander 500 1
Commander 690 7
RH-53D Sea Stallion 2
SH-3D Sea King 10
AB212AS 6
AB205A 5
AB206B JetRanger 10

 米英製駆逐艦及びフリゲート艦と、約60隻の小型艦艇及び世界最大のホーバークラフト艦隊の1つから成った完全に外国製であるイラン海軍の艦隊は、イラクとの戦争開始以来大損害を経た。ホーバークラフトは、ペルシャ湾の狭い水域での運用のために特別に選定され、1971年のAbu Musa及びTunbsの占領において有用であることを証明した。1979年の外国発注のキャンセル後、海軍の急速な物質的進歩が停止した。例えば、シャーの政府は、対空作戦能力を有するスプルーアンス級駆逐艦×6隻とタング級ディーゼル推進潜水艦×3隻を合衆国に発注していた。ワシントンは、これら艦艇の売却をキャンセルし、潜水艦をトルコに売却し、駆逐艦を合衆国海軍に編入した。1979年、ホメイニは、西ドイツからのtype-209潜水艦6隻の発注もキャンセルした。

 1987年に残された海軍艦艇は、整備不足と予備部品不足の2大問題に悩まされた。米英整備チームの離脱後、イラン海軍は、バンダル-エ・アッバスの完全な艦隊整備部隊の有用性にも拘らず、限定的な修理しか行わなかった。 その結果、数隻の艦艇は、ドック入りした。予備部品不足も、西側の海軍装備が他の装備ほど世界の武器市場で広く利用できなかったため、他軍種以上に海軍を悩ました。

 ペルシャ湾及びインド洋における護衛及び哨戒能力に対するイランの野心的な計画は、バンダル・ベヘシュチの海軍施設が完成しない限り、実現しないだろう。ホルムズ海峡 中の航行への同国の関心は縮小しておらず、1987年のララク島への中国製シルクワームHY-2地対艦ミサイルの配備の意図が明らかに示した。この配備は、湾岸水域 におけるイランの関心と、パスダラン部隊と共に、これを防護又は他者の否定における海軍の役割を明白にした。

 中国は、1990年代中盤、約40隻のHudong高速攻撃ミサイル艇と80発以上のC-802対艦巡航ミサイルをイランに売却したが、1998年、米国のC-802の売却を停止する要求に同意した。

 イラン海軍は、2001年初め、その能力を改善するために数回の演習を行い、パキスタン及びインドと交換訪問も行っている。結果として、防衛筋は、その戦力を増加させ、いかなる弱点も克服し、機会を利用し、未来の脅威に狙いを定めるために、イランの商業と軍事艦隊の統合を要求している。イラン海軍は、2001年3月第1週、ペルシャ湾の北端、マフシャフルにおいて、3日間のFath-9演習を行った。これらの演習は、正規海軍と空軍、イスラム革命防衛隊海軍と 航空団、バシジ抵抗軍、及び法執行戦力からの6,000人が参加した。

 イラン公式筋は、2000年9月、計画された3隻の「1,000t級」ミサイル装備「駆逐艦」の一番艦が、近い内に起工されると発表したが、出来事のいかなる続報もない。現地で設計された艦艇は、全長88mと言われ、その機械、電子機材、及び兵器システムは、他の装備と一緒に輸入されているはずである。

 2002年7月、通常兵器の売却が、中国の数社に対する制裁を引き起こした。北京は、高速双胴ミサイル哨戒艇をイランに移転した。C-14哨戒艇は、対艦巡航ミサイルを装備する。哨戒艇用の短射程対艦ミサイルも、2002年1月、中国からイランに売却された。双胴船と対艦ミサイルの売却は、新しいC-14哨戒艇がイランの港湾で米軍事情報部により初めて観察された直後、2002年5月のWashington Timesで初めて暴露された。高速砲艦は、8発のC-701対艦巡航ミサイルを搭載でき、通常、艦砲1門を有する。

 特殊作戦に使用される15隻の半潜水砲艦が、北朝鮮からイランに送られていると、「Washington Times」が2002年12月16日にレポートした。舟艇は、イランの貨物船で国外に船積みされた。米情報筋は、イランが地域の米船舶を威嚇するために砲艦を使用し得るとの懸念を表明した。 その裁量で手段を使用するイランの意欲の徴候として、多国籍干渉軍副調整官/英海軍司令官Nick Chatwinは、12月16日、イラン海軍艦艇 から発射されたロケット弾により作られた石油タンカーの穴の写真をReuterに公開した。

 2001年現在、イラン正規海軍は、近代的な艦艇と兵装を装備していないため、全面的老朽化かつ貧弱な状態にあった。イランの3隻の駆逐艦は、艦齢50年以上で、作戦能力がない。3隻の25年のフリゲート艦の即応性は、ほぼ存在せず、2隻の30年のコルベット艦は、洗練された兵装を有していない。20隻のミサイル装備高速攻撃ミサイル艇の内10隻は、限定的な作戦即応性を有し、その内4隻は、2001年現在、航行不能である。10隻の中国製Thodor級艇のみが、運用上信頼できる。4隻の30年の掃海艇は、旧式で、航行能力を欠き、掃海能力を有していない。イランは、多くの上陸用及び補助船舶を有しているが、これらは、要求に過分であり、純粋に訓練要員用に使用されている。イランの10隻のホーバークラフトは、旧式で、控えめに使用されている。

 イラン海軍は、20,000人を有しているが、若く、経験不足で、そのほとんどは、ペルシャ湾の諸島に駐屯する小銃手及び海兵隊員である。 そして上級レベルにおいては、資源不足のため、イスラム革命防衛隊と正規海軍間の激しい競争が存在する。これらの欠点のため、イランの3隻のキロ級潜水艦は、脆弱であり、無防備な水域への機雷敷設にのみ限定されている。しかしながら、機雷は、イランが進歩している分野の1つである。イランは、非磁性、浮遊、及び遠隔操作機雷を生産できる。ロシアからの水圧、音響、及び磁気機雷の搬入が行われているかも知れない。また、イランは、ロケット発射式機雷を中国と交渉している。

 2003年1月、World Tech Tribuneのレポートは、イラン海軍が2003年3月にミサイルフリゲート艦を起工することを示した。フリゲート艦は、Sina 1と識別された。イラン公式筋 はまた、駆逐艦もその内に紹介されると声明した。駆逐艦Mowjは建造中で、Sina 1の起工後に完成するはずである。

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最終更新日:2004/03/15

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