イラクの新情報機関

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新情報機関の創設

 ブッシュ行政府は、新政府編成に取り組んでいるアメリカ軍と文民官僚を脅かすイラク領内の組織及び個人を追跡するために、イラク諜報機関を創設することを決定した。これについては、アメリカ政府官僚が伝えた。

 新しい機関は、CIAとヨルダンにより訓練、出資され、その設備及び機材を補給されるだろう。当初、新しい機構の長には、世俗シーア派、元バース党員軍人及び諜報将校を含むイラク反体制派組織だったイラク国民合意(INA)の活動家の内務相ノウリ・バルダンが立つだろう。

 バルダンとINA党首アヤド・アラヴィは、新しいプログラムの詳細を立案するために、今週の大部分をラングレーのCIA本部庁舎で過ごしている。過去十年間、両者は、サダム・フセインに対する失敗した反乱の組織において、CIAと密接に協力した。CIAとイラク人は、元体制官僚を効果的に追跡し、信頼できない者達を計算することができると考えている。

 同時に、ペンタゴンの若干の官僚とイラク国民会議議長アフマド・チャラビは、新しい組織に元諜報部及び軍の代表が加わることに断固として抗議している。彼らは、彼らが信頼できないと論証している。諜報部の専門家の意見によれば、チャラビと彼の同僚は、イラク体制の若干の元官僚が新イラクで中心的な役割を演じることを欲するチャラビの影響力の破壊のために、新しい機構を利用することを懸念している。

 官僚達は、新しい機関が2月中旬に活動し始めることを期待している。米下院は、本年度予算の秘密扱いの部分から、このプログラムへの資金割当を承認した。

 新しいイラク諜報機関は、国内諜報に集中し、若干の官僚の意見によれば、イラク人自身の手への権力委譲において、決定的な役割を演じるはずである。

 新しいイラク諜報部の創設は、イラク・レジスタンスの鎮圧のためにCIAが取ったいくつかの措置の1つに過ぎない。CIA本部庁舎では、レジスタンス兵士とその財源の特定に従事する分析グループが創設された。その外、バグダッドにおけるCIAエージェントの人数が著しく増加した。「情報共同体は、イラクで何が起こっているのか分からず、そこに全ての分析能力を投入することを決めた」と、諜報部官僚の1人は指摘した。

 2週間前、アメリカ占領当局は、戦闘員の追跡のために準軍事部隊の創設を決定した。その編成には、イラク5大政党出身の軍人が入った。この部隊は、アメリカ特殊部隊と協力し、アメリカ軍司令部がその活動を担当するだろう。

 イラクにおける真剣な政治競争と関連して、アメリカの若干の官僚は、スンニー派又はシーア派が自分のライバル勢力の破壊のために新しい諜報機関を利用しようと試みることを懸念している。

 米国の個別代表が認めるところによれば、イラク行政官ポール・ブレマーは、イラク軍の解散、従って、元イラク諜報員の責任追及に関する決定を採択したことを遺憾に思っている。

 新しい勤務に採用されるイラク人の検査のために、CIAは、イラクにポリグラフを送った。また、検査は、ヨルダンその他の中東諸国により提供される情報にも頼る。

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新情報部長の任命

 イラク諜報部の新しいボスには、ムハメッド・シャーワニ少将が任命されるだろう。サダムは、彼の3人の息子を処刑した。

 新しいイラク情報部長には、ムハメッド・シャーワニ少将がなると、木曜日、クウェートの「アル‐ワターン」紙がバグダッドの消息筋を引用して伝えた。シャーワニは、80年代、イラク国防相アドナン・ヘイラルの防空問題担当顧問だった。国防相は、1989年5月、その事情が不可解なヘリの事故の結果、イラク将校団と一緒に死亡した。

 噂によれば、その背後には、大統領のイランとの戦争実施方法に反対した以上、国防相を除くことを希望したイラク大統領サダム・フセインが立っていたと、報道は指摘した。

 事故後、ムハメッド・シャーワニは、元国防相との「友人」関係のため、フセインにより解任され、イラクを離れた。彼は、ロンドンに居住した後、ヨルダンに移転した。シャーワニは、1990年にクウェートが攻撃を受けたとき、バグダッド体制に反対する敵対運動に参加した。

 報復措置として、サダム・フセインは、シャーワニの3人の息子を処刑するように命令し、その1人は、イラク軍のエリート部隊、共和国親衛隊の将校だったと、同紙は伝えた。

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最終更新日:2004/04/10

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