クウェート空軍

 イラクとサウジアラビアの間に位置する小国、クウェートは、1897年から英国の保護下にあった。石油採掘が1946年に始まり、クウェートを豊かにした。50年代、クウェート保安部は、空軍がまだ正式に組織されていないにも拘らず、「ダフ」2機、「グロン」1機と軽飛行機「アウステル」数機を補修していた。

 1961年6月、英国人は、正式にこの領土から離れ、事実上直ちに、国家は、隣のイラクの侵略の対象となった。実際、この時、英国の迅速な干渉が奪取を防止した。この事件は、自国軍の創設 を促し、間もなく、空軍も含めて組織され、英国から「プロヴォスト」T.51×6機とウエストヴィッド「ウイルヴィンド」ヘリ4機が受領されたが、率直に言って、英国人パイロットが操縦していた。自国のパイロットは、かなり後に訓練された。

 1964年、「セカンド・ハンド」「ハンター」F.57×4機と副座型「ハンター」T.67×2機が購入された。輸送要素は、2機の「カリブ」で強化された。1969年、「ハンター」の機数は11機まで増加したが、 同機は、既にこの時までに、物理的かつ精神的に老朽化していた。代替として、「ライトニング」F.53迎撃機が選定され、その12機(プラス教育・戦闘機2機)が1968年 に導入された。同年、12機の「ストライクマスター」Mk.83の納入契約が締結された(翌年受領)。

 1978年、輸送航空隊にまで「手を伸ばした」。当時、ロッキードL-100-20「ヘルクレス」×2機、翌年、元RAFの「アーゴシン」S.1.が調達された。古い「ウィルヴィンド」は、1968年 、イタリアから受領した6機のAB-204とAB-205と交替した。

 現地技術要員の不足は、近代機が全力で使用できないことをもたらした。このことは、1973年3月、イラクとの国境での衝突時、クウェート空軍が敵に効果的に対峙できなかった とき、特に明らかになった。直ちに、新型機の納入に対する選定が行われ(金が非常にたくさんあったおかげで)、その結果、フランス人が「ミラージュ」F.1SK迎撃機×18機とF.1BK訓練機×2機の納入を勝ち取った。契約は、対戦車ミサイル「ホット」を装備した「ガゼル」ヘリ×24機と「プーマ」×10機により補足された。

 1974年、ダグラスA-4「スカイホーク」10機及び訓練機6機の納入契約が署名された。実際、技術的困難のために、最初の機体は、1977年になって初めて空軍の装備に導入された。スカイホークのパイロットと整備員は米国で、「ミラージュ」はフランス人及びパキスタン人顧問の指導の下国内で訓練された。同時に、飛行場再設備及び最新の対空ミサイル「ホーク改」の購入プログラムが採択された。

 1980年のイラン・イラク戦争開始と共に、イラン空軍は、小国の独立を考慮せず、時折、領空を侵犯した。少なくとも1回(1981年10月)、クウェートの施設がイランの「ファントム」の攻撃を受けた。

  1980年、クウェート空軍は、コンパクトな航空戦力だった。戦闘機構成要素は、アリ・サリム・サバフに駐屯する「ミラージュ」飛行隊、2個「スカイホーク」飛行隊、「ストライクマスター」9機を有する軽攻撃機飛行隊、クウェート国際空港に駐屯し、L-100-20×2機、ダグラスDC-9×2機及び「プーマ」×12機を有する輸送飛行隊に代表された。ヘリ構成要素は、対戦車ミサイル「ホット」を装備した「ガゼル」×12機を有する戦闘飛行隊と、同型だが非武装のヘリを有する連絡飛行隊の2個飛行隊に代表された。

 1983年、「ミラージュ」F.1×9機(及び教育・戦闘機4機)の納入と関連して、2番目の戦闘航空隊が編成された。湾岸状況の先鋭化と関連して、対艦ミサイル「エグゾセ」2発を搭載できる「スーパー・ピューマ」6機が緊急に購入された。4機のL-100-30受領と共に、 残っていた1機のL-100-20(2機目は1980年に墜落した。)は売却された。

 パイロットの訓練問題が特に焦眉となったため、間もなく、アフメド・エル-ジャベル航空基地に飛行学校が組織された。そこには、1985年に「ホーク」×12機、1989年に「トゥカノ」×16機も購入された。

 空軍の正常な発展は、1990年8月2日のイラクの侵攻により中断された。「ミラージュ」は、適時に侵入に対応できず、実際、後に、1機の「ミラージュ」がイラクの「ガゼル」を撃墜した(これは、当時唯一の空中衝突だった。)。

 数機の軍用機(何よりも、「スカイホーク」)は、サウジアラビア領内に飛行し、連合国機と共に、祖国解放に参加した。

 1991年のクウェート解放後、空軍が再編された。「スカイホーク」は、90年代初め、装備から解除され、その代わりに、1988年、F/A-18「ホーネット」32機が発注され、1991〜93年に装備に導入された。同機の最後の機体は、1993年8月に受領し、その時までに、「ホーネット」は、第9及び第24飛行隊に装備された。また、現在までに、更に40機の同機納入契約が履行された。残された「スカイホーク」は、「ホーネット」に対する債務返済として、会社に譲渡された。また、戦争中無事だった14機の「ミラージュ」が売却された。

 英・クウェート協力は、1992年に英国製兵器の大納入契約が署名された後に著しく強化された。 その外、「ホーク」及び「トゥカノ」の新規近代化、ライセンス生産されたシコルスキーS-70が言及された。

 小国の地理的位置は、イラク側からも、イラン側からもその独立の常なる脅威を創出している。現在、この問題は、アメリカの強力な軍集団の同地常駐により解決されている。

ミラージュF-1

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最終更新日:2003/09/04

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