サウジの特殊部隊

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 50年代初め、王族の代表は、正規軍における革命思想の流布を目にして、不安になり始めた。その隊列において 左翼将校のいくつかの地下サークルが摘発された後、エル-リャドは、代替の武装部隊の創設に関する決定を採択した。その基盤となったのは、前世紀の20年代に出現した保守的なバーブ教運動「イフアン」の信奉者である好戦的なベドウィン族だった。1953〜55年、彼らは、後に国家親衛隊に改称された「白軍」を創設した。これは、当初から、正規軍の平衡力として創設され、その時から王国内の安定の主要保証人である。70年代初めまで、国家親衛隊は、弱体な規律よ旧式兵器を特徴としたかなり少数の部族後備軍だった。1975年、アメリカのVinnell Corporationの参加の下、国家親衛隊の近代化に関する大規模プログラムが始まった。このために、ベトナムで戦争を経験した約1千人の米陸軍特殊部隊のベテランがサウジアラビアに到着した。当時、国家親衛隊の管轄下には、近代的な軍事機材、並びに西側製の軽重装備が入った。指揮要員の訓練のために、首都近郊の軍事都市に、特殊将校課程、並びにハレド国王国家親衛隊アカデミーが創設された。その結果、80年代中盤までに、国家親衛隊は、訓練及び装備に関して正規軍に勝る真のエリート特殊部隊となった。それまで、親衛隊は、4個混成大隊から成っていた。1992年、国家親衛隊は、各々4個歩兵大隊、1個砲兵大隊及び1個衛生大隊から成る2個機械化旅団にまで増加した。今日、国家親衛隊の員数は、6万人(その内、約2万人は、従来通り、後備兵が構成している。)に達した。全ての指揮職は、王族の一員が占め、総司令官は、アブダッラ皇太子である。

 70年代、フェイサル・ビン-トゥルキ第1特殊旅団も編成された。これは、3個大隊から成り、軽砲と機械化車両を装備している。旅団の主任務は、反王室運動の鎮圧にある。平時、旅団は、政府及び戦略施設の警備に従事し、並びに国外での特殊作戦に参加する。

 過去数ヶ月間、国家親衛隊と第1旅団の大部分の部隊は、イラクとの国境に再配置されたか、石油ガス産業施設の警備の保障に派遣された。国家親衛隊とフェイサル・ビン-トゥルキ旅団は、既に以前から、来るべきイラク戦役の開始を待ちつつ、戦闘準備向上状態にある。

 国内には、対テロ特殊部隊も存在する。アラブ世界で最も秘匿されたこの部隊は、4人のチェチェン人テロリストによりハイジャックされ、メディナに着陸したロシアのTu-154に突入せざるを得なかった2001年3月に姿を現れた。当時、その結果3人が死亡した(特殊部隊の銃弾により死亡したスチュワーデス、ユリア・フォニマを含む。)その行動は、FSB特殊任務センター職員により厳しく非難された。「ロシア・スペツナズ」紙の情報によれば、サウジ版「アルファ」が、80年代初め、フランス人教官の援助で創設された。その員数は、ほぼ120人に達する。特殊部隊員の装備には、自動小銃、狙撃銃及び機関銃、携帯式対戦車ロケット と正常な武器が存在する。これは、事実上、戦闘経験を有しておらず、その主任務は、聖地巡礼者の安全の保障である。

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最終更新日:2004/04/04

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